芦屋の文化と歴史を文学の視点で綴る・谷崎潤一郎記念館へようこそ

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2020年度
 
2020年春の特別展「潤一郎の美術展~文豪ゆかりの<美>に浸る~」 会期 2020年3月14日(土)~6月7日(日)
  谷崎潤一郎は、美しいものをこよなく愛しました。文豪ゆかりの絵画・美術品には、その美意識や関連する作品の味わいが滲み出ています。

  傑作「細雪」の伝統とモダンの調和の美は、女たちのキモノ選びを描く小磯良平の佳作に見事に表されています。洋画家・和田三造の描く暗闇に浮かぶお琴と佐助は、日本画家による春琴抄より、谷崎が好んだものでした。 谷崎一流の「陰翳の美」も、モダンの枠組みの中でこそのものだったのでしょうか。

  北野恒富「雪の朝」は、谷崎好みの王朝趣味溢れる美人画の逸品。軸の表装には、松子夫人のキモノが使われています。 文豪には、画中の美女と最愛の女性とがオーバーラップして見えていたのかもしれません。王朝趣味といえば、俵屋宗達「源氏物語屏風切」は一つの極み。 もと源氏五十四帖の各場面を描き込めた屏風から切りとられたという数奇な伝来を持つ大和絵の名品で、源氏物語口語訳に没頭していた谷崎が、 執筆の慰みにしていたといいます。あわせて、日本画の錚々たる大家たちが谷崎源氏に寄せた挿絵の数々も、絵巻さながらの壮観さで見ごたえ十分。

  棟方志功は、数多くの谷崎作品の装丁・挿絵に携わりました。棟方独特の「板画」とともに貴重な肉筆画の数々も味わい深く、 文豪との親交が触媒となった鬼才ならではの感性のきらめきが眩しく迫ります。

  今ここに満ちているのは、谷崎の美か、巨匠たちの美か。いずれにせよ、それはきっと、私たちを美しい夢へといざなってくれることでしょう。



■特別展開催時の記念館入場料は一般500円、65歳以上250円、高校・大学生400円、中学生以下無料となります。

 
2020年夏の特設展「大谷崎と文豪たち」 会期 2020年6月13日(土)~9月6日(日)
  文豪・谷崎潤一郎は、1910年の文壇デビュー以降、1965年に没するまで、「刺青」「痴人の愛」「春琴抄」「細雪」など数々の名作を発表し、不動の地位を確立しました。

  そうした谷崎の創作活動に刺激を与えたのが、文豪たちとの交流でした。明治末の文壇出発期から、泉鏡花の作風や存在に影響を受け、 さらに永井荷風に「刺青」などの作品を激賞され、華々しい文壇デビューを飾ることとなりました。 同世代の作家、白樺派の志賀直哉、武者小路実篤とは晩年まで交友関係を築き、特に「小説の神様」と称された志賀の文体を、 『文章読本』で称えています。

  大正期には、同じ東京帝大出身で6歳下の、芥川龍之介の『羅生門』出版記念会に招かれたのを機に、芥川、佐藤春夫、久米正雄らとの親交を深めます。 昭和初年に至ると、芥川とは「小説の筋」を巡って論争しますが、その最中に芥川は自死、谷崎は追悼文で早すぎる死を悼みました。 また、佐藤とは妻 千代を巡って対立し、のちに千代と離婚、千代と佐藤が結婚すると、一大スキャンダルとして世間に衝撃を与えるのでした。

  このように、さまざまな文豪たちと交流しつつ、多くの作品を世に送り出した谷崎。自筆の書簡をはじめ、追悼文、書籍など、交友関係を示す資料も合わせて紹介します。 自死する年に撮影された芥川や、当時の文豪たちを映した映像展示「現代日本文学巡礼」(郡山市こおりやま文学の森資料館所蔵)も必見です。

  数々の名作を生み出した文豪たちの交流を、お楽しみ下さい。


 
2020年秋の特別展「タブー ~発禁の誘惑~」 会期 2020年9月12(土)~12月6日(日)
  文豪・谷崎潤一郎の生涯は八十年に及び、作家としてのキャリアも半世紀をこえます。 その間、時々の世のタブーと危うい摩擦を引き起こし、時に発禁の憂き目に遭いながらも、歴史の荒波と社会の転変を見事に掻いくぐり、物書きとして生き延びてきました。

  文壇デビューの頃の、若き「異端児」谷崎の過激な筆致は、作家としての挑発的ともいえる試行錯誤でしたが、猥雑と不道徳とをよしとしない当局の見過ごすところではありませんでした。 やがて、そんな作家谷崎の軌道は、大正期のデモクラシーとモダニズムの社会風潮の高まりと共鳴し、さらには煽動してもいきます。 「痴人の愛」の引き起こした社会的反響とその新聞連載中断の事情には、そうした大正期の文化的潮流とともに、やがて来る「戦争の時代」の予兆も刻み込まれていたのです。

  「潤一郎訳源氏物語」と「細雪」は、戦争の暗雲の下で執筆されています。これらは、まさに「戦時下のタブー」に触れるものでした。 「源氏物語」では、巧みに当局の目をすり抜けた谷崎でしたが、「細雪」は「自粛」というかたちでの発禁を余儀なくされます。

  そして敗戦後十年、「老人の性」に脚光をあてた「鍵」は、「もはや戦後ではない」といいながら、性表現のタブーにいまだ囚われていた昭和30年代初頭の日本に大きな衝撃をあたえたのでした。

  表現者ならば誰しもが直面するタブーとのジレンマ―「発禁の誘惑」を通じて、谷崎の文学的世界が成熟していく事情を浮き彫りにしていきます。



■特別展開催時の記念館入館料は一般500円、65歳以上250円、高校・大学生400円、中学生以下無料となります。

2019年度
 
2019年 春の特別展「スキャンダル~噂の文豪~」会期 2019年4月13日(土)~ 6月30日(日)
  「大谷崎」とよばれた文豪谷崎潤一郎。そんな彼も、スキャンダルの主人公として、何度か世間を騒がせています。 また表立たずとも、醜聞めいた人間関係の中に少なからず身をおきました。

  が、そこは文豪、複雑に交錯する人間関係のテンションを創作へのインスピレーションへと変換させていったのです。

  最初の妻千代とその妹せい子、そして親友の詩人佐藤春夫をも巻き込んでの四角関係は、「痴人の愛」の背景となりました。 「妻譲渡事件」として一大スキャンダルとなった、谷崎と千代と佐藤との間でのいきさつはまた、ほとんど同時進行的に、 画期的傑作「蓼喰う虫」へ写しとられていきます。二人目の妻丁未子と最後の妻松子との間での板挟みの軋轢は、 「猫と庄造と二人のおんな」の自虐的な諧謔の軽みへと昇華されました。妻松子とその妹重子との間でのデンジャラスな関係性も、 センセーショナルな問題作「鍵」の創作へのエキスとなったことでしょう。そして、「息子の嫁」と老人との危うい関係を描いた畢生の傑作 「瘋癲老人日記」は、モデルとなった女性との「遊び」の戯画化に他ならなかったのです。

  まともに受けとめたならば、耐えられそうにもない愛憎の渦を、 谷崎はみずから巻き起こしときに操りつつ書きとめていったかのようにもみえます。

  谷崎にとっての現実とは、作品のために企てられた虚構だったのでしょうか?

  特別展では、こうした谷崎をめぐる生の人間関係に隠された名作誕生の秘密を、谷崎肉筆の書簡や遺愛品・初版本等、 数々の貴重な資料によって浮き彫りにしていきます。

 協力:新宮市立佐藤春夫記念館 中央公論新社

■特別展開催時の記念館入場料は一般400円、65歳以上200円、高校・大学生300円、中学生以下無料となります。

 
2019年夏特設展「歌人」谷崎潤一郎~文豪の五七五七七~ 会期 2019年7月6日(土)~9月8日(日)
  文豪谷崎も、「詩歌」の分野はあまり得意ではなかったようです。が、意外にも、「和歌」については、生涯にわたって多くの作を遺しています。

  「巧拙よりも即吟即興」、「小便をたれるやうに歌をよんだらいい」とまで言い放つその歌風は、たしかに素朴ではあります。が、だからこそ、 じかに話しかけてくるようにも感じられる歌いぶりは独特で味わい深く、短冊・色紙・扇子と、様々に詠まれたその墨跡からは、生の声が立ち昇ってくるようです。

  「歌人」潤一郎の、そんな肉声の歌々を、存分にお愉しみください。
 
2019年秋特別展「WHAT is TANIZAKI?~多面体の文豪~」 会期 2019年9月14日(土)~12月8日(日)
  「細雪」の文豪――。「谷崎潤一郎」と聞けば、誰しもが思い浮べるイメージでしょう。谷崎といえば、まずはこの大傑作なのです。

  しかし一方、谷崎は、「痴人の愛」の作家でもありました。教養と財産に裏づけられた平和で豊かで美しい「細雪」の市民的日常と、 その倒錯的な「マゾヒズム」の逸脱性とは、にわかには相容れ難いようでもあります。

  「マザーコンプレックス」もまた、谷崎の一面。故郷を捨てた谷崎にとって、美しかった母の面影は、 生まれ育った古き良き東京の光景とも時として重なり合いながら、屈折した望郷の想いを呼び覚ましました。

  「猫好き」でも有名な谷崎は、とりわけ「雌猫」を寵愛しました。女性の分身ででもあるかのような猫を死後も剥製にして可愛がるという、 一種異様なその「愛のかたち」は、マゾヒズムの倒錯とどこかで共鳴するのかしないのか?

  「欲望」への飽くなき執着は、人間谷崎・作家谷崎を貫く根幹をなすモティーフでした。だとすれば、そんな「欲望の作家」としての顔は、 「谷崎潤一郎」の時として矛盾しそうでもある様々な顔を結び合わせることができるのでしょうか?

  万華鏡の中に乱れ咲く虚構の花々にも似て、様々な顔の錯綜する多面体の文豪「谷崎潤一郎」。果たして、その全貌や如何?



■特別展開催時の記念館入場料は一般400円、65歳以上200円、高校・大学生300円、中学生以下無料となります。

 
2019年度 冬の特設展 潤一郎、The show time!!~文豪inエンターテイメント~ 会期 2019年12月14日(土)~ 2020年3月8日(日)
  文豪・谷崎潤一郎は、若い頃、映画の脚本を執筆していました。そんなことも あってか、谷崎は映画界とも繋がりが深く、その作品も数多く映画化されています。

  さらには、谷崎文学の真骨頂ともいわれる「話の筋のおもしろさ」「物語性の豊かさ」も手伝ってでしょうか、 演劇・歌舞伎等をはじめ、舞台芸術・芸能への作品の翻案も多くあります。

  そんな「エンターテイメント」の世界と谷崎作品そして谷崎自身との関わりに焦点をあてていきます。

2018年度
 
芦屋市谷崎潤一郎記念館開館30年 2018年 春の特別展「潤一郎時代絵巻」~戦国の焔(ほむら)王朝の夢~
会期 2018年3月17日(土)~ 6月17日(日)
 あの谷崎が「時代小説」を書いていたのか―。意外に感じる方も多いことでしょう。 しかしじつは、このジャンルこそ、小説家谷崎にとっての真骨頂といえるのではないでしょうか。

 デビュー作「刺青」からして、江戸時代を舞台とした物語でした。自然主義リアリズム全盛の文壇に抗して現れた、 <物語り>の作家としてのその想像力の翼は、耽美派の作家として追い求めたその理想の美は、現実の鎖を断ち切った 過ぎ去った世界のなかでこそ、十二分に解き放たれたのです。

 その創作の手ごたえは、関西移住後の伝統美への回帰をもきっかけに、自覚されたものとなったに違いありません。

 大衆文学の勃興を前にした谷崎の挑戦でもあった「乱菊物語」は、波乱万丈、手に汗握る戦国冒険活劇エンターテイメント、 フィクション性豊かな「空想時代小説」です。かたや、これぞ谷崎、という倒錯性にあふれる「武州公秘話」。さらに、 お市の方の肉体に理想の女性美を花開かせた「盲目物語」、「源氏物語」の口語訳は失われた王朝の美の極みを現代によみがえらせ、 美しかった母への憧憬は、谷崎一流の<母恋い>物語「少将滋幹の母」に投影されていきます。

 時代小説の中には、文豪谷崎のすべてのエッセンスが詰め込まれているのです。

 日本画の大家北野恒富による躍動感溢れる「乱菊物語」挿絵原画、谷崎を王朝の美の世界に誘った俵屋宗達の倭絵の傑作「源氏物語」屏風切、 松子夫人のために谷崎がみずからデザインした十二単風の着物、「少将滋幹の母」自筆原稿等々、多種多様な展示品は、 文豪が夢見た時代絵巻の世界を、目にも鮮やかに繰り広げてくれることでしょう。

■特別展開催時の記念館入場料は一般400円、65歳以上200円、高校・大学生300円、中学生以下無料となります。

 
2018年 夏の通常展「谷崎潤一郎 人と作品」特設展示「谷崎×芥川―人間的な、余りに人間的なー」 会期 2018年6月23日(土)~ 9月9日(日)
 日本の近代文学界を代表する「文豪」、谷崎潤一郎。が、意外にも、「文壇」の面々とは疎遠な人であったようです。 芥川龍之介は、その数少ない例外でした。
 人間の好き嫌いが激しく気難しい谷崎でしたが、芥川との間には親交がありました。
 「小説の筋」をめぐって、珍しく「文学論争」らしきものを闘わした唯一の相手が芥川でしたし、 谷崎にとっての「運命の女性」松子との出会いも芥川がきっかけでした。
 ともに大正期を代表する作家であった二人。が、昭和に入るやすぐに自死というかたちで若くして人生を終えた芥川に対し、 谷崎は七十九歳の天寿を生き抜き、死の直前まで半世紀を超えて第一線で書き続けました。 その点で対照的ともいえる二人の運命にとって、そのたまさかの交わりは何がしかの意味を持ったのでしょうか。
 特設展では、公私にわたる二人の交友を、貴重な初版本や写真等を通して浮き彫りにしていきます。 とくに、自死の年に撮影された、芥川の日常を切り取った映像フィルムは必見です。
 
芦屋市谷崎潤一郎記念館開館30年 2018年 秋の特別展 谷崎と芦屋・「細雪」~モダンと伝統~
会期 2018年9月15日(土)~ 12月9日(日)
 ピアノの演奏会、お見合い、お花見…。着物を選び、電車に乗って神戸や大阪、各地へ赴く姉妹たち。 その華やかな風貌は、車内でひと際目を惹く存在として描かれています。

 「細雪」は、三度目の妻松子とその姉妹たちとの生活を如実に書き記した作品で、谷崎文学を代表する名作です。 理想の妻を得た谷崎は、妻と姉妹をモデルに、美しい「蒔岡四姉妹」を造型し、三女雪子と四女妙子の見合いや恋愛、 そして情趣溢れる四季折々の行事を描き、不朽の名作を構築しました。

 作品の背景となる昭和11年から16年にかけて、谷崎は神戸の住吉川西岸に居住していましたが、あえて作品舞台を芦屋に設定し、 中産階級の優雅でモダンな生活を描きました。松子と最初に住んだ縁の地・芦屋では、谷崎は最初の「源氏物語」現代語訳や、 「猫と庄造と二人のおんな」などを執筆。優雅な平安王朝の世界と、芦屋の下町に住む庄造と猫、先妻・後妻の争いを描き、 新境地を開くのでした。

 また、当時の芦屋は、明治期から大正にかけて鉄道が敷設され、昭和2年には阪神国道(現国道2号線)が開通されるなど、 交通の便が整備され、別荘地、住宅地として発展していきました。画家や写真家が住むようになり、芸術的な香りただよう街でした。

 谷崎と芦屋のつながり、そして芦屋を中心とした阪神間を描いた「細雪」の世界。自筆原稿や松子夫人の着物、 小磯良平による挿絵原画など、当時の資料や遺愛品を通してお見せします。

※展示品は時期によって入れ替えがあります。

■特別展開催時の記念館入場料は一般400円、65歳以上200円、高校・大学生300円、中学生以下無料となります。

 
2018年度 冬の通常展 「谷崎潤一郎 人と作品」グラビア~作家谷崎の横顔~ 会期 2018年12月15日(土)~ 2019年3月24日(日)
  昭和に入り、谷崎が作家としての黄金期を迎えつつあった頃、大衆社会がはっきりとその姿を現すようになります。 そうした時代の流れを背景に、文学も社会の裾野広く受け入れられていきました。いきおい、 多くの読者の関心は作品じたいにとどまらず、作家そのもの、わけてもその私生活へと向かっていったのです。

  今度の結婚のお相手は?どんな人が好みなの?趣味は?ペットは?・・・。今や「有名人」となった作家たちは、 人々の好奇心の渦にとりまかれていったのでした。「グラビア」の中で彼らがみせるさまざまな表情は、 そんな読者の熱い視線を理屈抜きで満足させてくれるのです。

  さて、谷崎の場合、レンズがとらえたその横顔やいかに?
2017年度
 
2017年 春の特別展
和らんまん ~谷崎の愛した絵画、工芸、着物~
 会期 2017年3月25日(土)~ 6月25日(日)
 いつも美に満ち溢れていた谷崎潤一郎の作品世界。それは、「和」の伝統美を背景と しながら生み出されてきたものでした。
 春の特別展では、こうした美意識を見事に映し出す文豪お気に入りの美術品を、一堂 におみせします。目を奪う絵画・工芸、とりわけ、谷崎ゆかりの女性たちが愛した数々の着物の彩りの、 今の世ではもはや夢のまた夢かとも思わせるほどの豪奢なしつらえは、きっとため息を誘うことでしょう (※着付協力は日本和装学園神戸校・安藤綾子総合学園長)。

 展示では、主に四つの作品を通して、「和」の美匂い立つ谷崎的美学の全貌を紐解いていきます。

□「春琴抄」~伝統の美は闇に目覚める~
 谷崎が生れた明治の頃の日本橋。そこには、「光輝く大都市東京」の姿はまだまだ遠く、 妖しくも美しい江戸の闇の世界が息づいていました。移住先の関西の文化と風土にも触発され、 モダンボーイだった谷崎の中で、幼い頃に親しんだその闇の伝統美の水脈が浮上してきます。 大阪の老舗薬種問屋を舞台にし、盲目の美女が主人公となった「春琴抄」は、そんな闇の中に目覚めた美の世界の申し子なのです。

□「源氏物語」と「細雪」~二つの古典美~
 平安貴族社会の古典美の粋を現代によみがえらせた「谷崎源氏」。その伝統美の世界 を基調としつつ培われた、近代日本の市民の美意識・美的ライフスタイルのエッセン スともいえる「細雪」。二つの作品世界は、女性美を核心としながら、千年の時を越え て響きあい融けあっていきます。

□「瘋癲老人日記」~棟方板画のクールジャパン~
 洋画からスタートしつつ日本の版画の伝統に行き着いた「棟方板画」のクールなジャポニズム。 それは、谷崎の美意識がたどってきた道のりと一脈通じるものです。 「瘋癲老人日記」の乾いた美とエロティシズムの世界が、棟方の挿画によって見事に可視化されていきます。

皆さま、「和らんまん」の谷崎文学の世界を、とくとご堪能あれ!

■特別展開催時の記念館入場料は一般400円、65歳以上200円、高校・大学生300円、中学生以下無料となります。

 
2017年 夏の通常展 「谷崎潤一郎 人と作品」~谷崎の愛した悪女~ 会期 2017年7月1日(土)~ 9月10日(日)
  谷崎潤一郎は、男を翻弄し挑発する女性を描き続けました。欲望に忠実で自己主張を恐れない彼女たちは、当時の社会通念からすれば、 まさに「悪女」にほかなりません。文壇ブレークを果たした「刺青」から最晩年にいたるまで、半世紀をこえるその「悪女の系譜」が放つ 妖しく美しい輝きは、刺激的でスキャンダラスです。

  悪女は、谷崎の女性への願望であり、女性との理想の愛を投影したものでした。そんな谷崎の描く悪女たちの眼差しは、私たちの心 の奥底に潜む何ものかを揺り動かしよび覚ます魔力に満ちています。谷崎の「悪女」は、私たちすべてを魅了する「危険な誘惑」なのです。

  「ナオミ」(「痴人の愛」)、「お琴」(「春琴抄」)、「妙子」(「細雪」)、「颯子」(「瘋癲老人日記」)・・・。モデルと なった女性たちの写真や、彼女らにひざまずき仕える谷崎の「愛の手紙」、棟方志功の挿絵原画に描かれたヒロイン像など、多彩な展示 品によって、谷崎作品を彩る悪女たちの面影を浮かび上がらせていきます。咲き乱れる「悪の華」たち、甘く魅惑的なその毒に、溺れ、 酔い痴れていただきましょう。
 
2017年 秋の特別展
「春琴抄」~〈虚〉と〈実〉の迷宮(ラビリンス)~
 会期 2017年9月16日(土)~ 12月10日(日)
 「春琴――ほんたうの名は、鵙屋琴」
 主人公の名前から物語が始まる「春琴抄」は、美しくも驕慢な盲目の音曲師・春琴と弟子の佐助の特異な恋愛を描き出した、谷崎渾身の名作です。 発表時には川端康成や正宗白鳥らに絶賛され、今もなお高い人気を誇っています。

 この作品にはモデルとなった二つの背景がありました。一つ目は、当時、恋愛関係にあった根津松子夫人との世を忍ぶ恋愛。 谷崎は松子夫人と主従関係を結ぶ「誓約書」を自らしたため、自身を佐助になぞらえて一心に奉仕したのでした。そして、二つ目は、師を仰いで邁進した地唄の世界。 昭和二年から大阪の音曲界の権威、菊原琴治検校に師事し、日々三味線の稽古に励んでいました。天才と言われる検校からインスピレーションを得て、 類まれな才能を持つ音曲師春琴を造型しました。このように、実生活を作品に限りなく近づけて、春琴と佐助の特殊な師弟関係を描き、物語後半では春琴が大火傷を負う受難、 そして佐助自ら失明する壮絶なクライマックスを描き、究極の愛の形を示したのです。

 谷崎は「ほんたうらしく」書くために、随所に工夫を凝らしました。実際は存在しない、春琴の墓、春琴の伝記『鵙屋春琴伝』を、 作品冒頭に示してあたかも春琴が実在したかのように装うのです。そして、春琴に火傷を負わせた犯人像をいくつか挙げながら、謎のまま作品世界を閉じ、 〈虚〉と〈実〉をない交ぜにして、読者を物語の迷宮へと誘うのでした。

 本展では、「春琴抄」の豊穣な作品世界を、実際のモデルや大阪の旧家で使用された資料などを通して蘇らせます。松子や検校の娘で地唄の人間国宝菊原初子が愛用した着物類、 琴や三味線など。そして、谷崎が松子に宛てたラブレターや関西初公開となる創作ノート「松の木影」は必見です。また、谷崎が絶賛した和田三造「春琴抄」画や、 佐藤春夫作詞「春琴抄」が添えられた樋口富麻呂画軸など、物語にまつわる美術作品もお見逃しなく!谷崎文学の最高傑作「春琴抄」の世界、ご堪能下さい。

■特別展開催時の記念館入場料は一般400円、65歳以上200円、高校・大学生300円、中学生以下無料となります。

 
2017年 冬の通常展
谷崎潤一郎・人と作品 ~特設展示・「ホン」とは「ヘン」なモノである~ 谷崎プロデュース 奇本・凝り本の世界
 会期 2017年12月16日(土)~ 2018年3月11日(日)
  もちろん、「本」は「読み物」です。でも、その前に、単なるひとつの「物体」でもあるのです。 そうした目線であらためて本を眺めてみると、その風体はじつは意外に奇妙で、世の中の様々な「モノ」の中でも、 ひときわ私たちの感性をざわめかせます。
 そう、「本」とは「ヘン」なモノなのです。
 そして谷崎こそは、<「モノ」としての本>、すなわち装丁にこだわり抜いた文豪でした。 いわく、装丁は自分の文学の一部であり作品世界はそこに完結する・・・。そんな熱い思い入れも拍車をかけ、漆塗りや生木の装丁、 果ては表紙に木の葉を摺り込んだりと、最高に華麗でとびきり「ヘン」な谷崎本の世界が繰り広げられるのです。
 さあ、皆さんも、文豪谷崎プロデュース、曲者ぞろいの「ホン」たちのワンダーランドに、足を踏み入れてみませんか?
2016年度
 
2016年 春の特別展 「谷崎潤一郎 物語の棲み家」~「ナオミの家」から「倚松庵」まで~ 会期 2016年4月2日(土)~ 6月26日(日)

倚松庵テーブルといす(小池義忠さん撮影)
 79年の生涯で40回以上もの転居を繰り返し、阪神間だけでも21年間に13か所を移り住んだ谷崎潤一郎(1886~1965年)は、「家」に対して並々ならぬこだわりを持つ作家でした。常に執筆する作品の雰囲気に合う住居を求め、小説の内容と家のたたずまいが密接に結びつくことが少なくなかったのです。

 春の特別展では1923年(大正12年)、関東大震災に遭って阪神間へ移住した谷崎の「棲み家」と小説の関係に焦点を当て、『痴人の愛』の住居のモデルとなった「ナオミの家」、『蓼喰ふ蟲(たでくうむし)』を執筆した「鎖瀾閣(さらんかく)」、『猫と庄造と二人のをんな』を書いた「富田砕花旧居」、そして『細雪(ささめゆき)』の姉妹の邸宅として描かれた「倚松庵」をご紹介します。


ナオミの家
 谷崎は1924年(大正13年)から約2年半を神戸市東灘区の洋館で過ごし、『痴人の愛』を執筆しました。小説の舞台は東京ですが、主人公夫妻が住む家の「マツチの箱のやうに白い壁で包んだ外側」などの描写はこの洋館と一致します。ヒロインにちなんで「ナオミの家」と呼ばれ、2006年に解体されましたが、昨年12月、谷崎没後50年を機に和歌山県有田川町へ移築されました。


鎖瀾閣で三味線を弾く谷崎
  「鎖瀾閣」は神戸市東灘区に位置し、谷崎自身が和風・洋風・中国風の意匠を折衷して設計した飛び切りの豪邸でした。1928年(昭和3年)から3年間所有し、ここで『蓼喰ふ蟲』を書き上げます。谷崎文学の中に混在する日本古典と西洋のモダニズム、中国へのあこがれを象徴するかのような邸宅でしたが、1995年の阪神大震災で全壊。短編「鶴唳(かくれい)」に描かれた建物の名を取って、「鎖瀾閣」と呼ばれています。

  「富田砕花旧居」は1934年(昭和9年)から約2年半暮らし、3番目の夫人松子と結婚式を挙げた芦屋市宮川町に現存する日本家屋です。谷崎の後にこの家に住んだ詩人にちなみ、この名がつけられました。谷崎はこの家で最初の『潤一郎訳 源氏物語』に取りかかり、芦屋を舞台にした『猫と庄造と二人のをんな』を執筆しました。

  “引っ越し魔”の谷崎が1936年(昭和11年)から7年間の長きにわたって暮らしたのが、神戸市東灘区にある「倚松庵」です。谷崎は妻の松子、その妹の重子と信子、松子の娘の恵美子と共に、この家で『細雪』さながらの優雅な暮らしを営みました。マントルピースを備えた応接間、テラスから見える庭の景色など、作中の雰囲気が今も濃厚にたちこめる贅沢な空間です。

 主な展示物は、「ナオミの家」の解体前と移築後の外観写真、『痴人の愛』初版本、「鎖瀾閣」の外観・内部写真とその模型や部材、谷崎一家が愛用した「倚松庵」のテーブルといす、『細雪』上中下巻初版本、桐箱金泥文字入り『潤一郎訳 源氏物語』など約100点。「倚松庵」のテーブルといすは実際に座っていただけます。谷崎生誕130年の今年、文豪が物語を生み出した濃密な空間を体感してください。

 ※展示品は時期によって入れ替えがあります。

■特別展開催時の記念館入場料は一般400円、65歳以上200円、高校・大学生300円、中学生以下無料となります。

 
2016年 夏の通常展 「谷崎潤一郎 人と作品」~潤一郎、郷愁の幼き日々~ 会期 2016年7月2日(土)~ 9月4日(日)
 まだ「潤一郎少年」だった幼少の頃、谷崎は幸せでした。
 谷崎は、たいへん裕福な家に生れました。「婆や」の付き添いがなければ小学校にも通えないという、「乳母日傘」のお坊ちゃんで、大切に可愛がられて育ちました。錦絵にも刷られたという、大好きだった美しい母の面影も、幸せな幼い時代を甘く彩っています。そして故郷・東京は、「古き良き江戸」の情緒をいまだとどめて、幼い潤一郎の感性を優しくつつみこみ豊かに育んだのです。
 しかし、そんな甘く美しい日々も、長くは続きませんでした。懐かしい江戸の面影は近代の「東京」に侵食され、谷崎一家もやがて暗い貧窮のなかへと堕ちていきます。谷崎が故郷を拒み捨てたこと、にもかかわらず終生郷愁を捨てきれずにいたことの背景には、幼少期から青年時代へかけてのこうした暗い屈折があったのでしょうか。幼馴染みとの終生のつきあいも、暗い谷間の向うの、谷崎にとってもっとも美しく幸せだった幼い日々の思い出を繋ぎ留め、よび覚ますよすがとなっていたのかもしれません。
 日本画の大家・鏑木清方が失われた東京の風俗を見事に活写した『幼少時代』挿絵原画、老いた谷崎がなお抱き続けた美しい母への憧憬を受け止めた鬼才・棟方志功の『瘋癲老人日記』挿絵原画、谷崎が故郷への屈折した郷愁を吐露したエッセイ「東京をおもふ」の自筆原稿、そして谷崎の幼少時代にまつわる貴重な写真等々・・・。さまざまな資料を通して、文豪谷崎の感性の母胎ともなった幼き日々とその郷愁とをクローズアップしていきます。
 
2016年 秋の特別展 「<谷崎源氏>三つの変奏」 会期 2016年9月10日(土)~ 12月11日(日)

愛蔵本漆塗り箱入りの「潤一郎訳源氏物語」
 平安時代に紫式部によって書き紡がれた「源氏物語」は、世界的な古典の名作として、今もなお、絶大な人気を誇っています。多くの作家たちが現代語訳に挑みましたが、その中でも稀有な存在感を放っているのが、谷崎潤一郎による現代語訳、いわゆる〈谷崎源氏〉なのです。谷崎は、人生で三度も「源氏物語」訳に挑み、時代の影響を受けながらも、原文の古雅なイメージを保ちつつ、旧訳・新訳・新々訳と三つの変奏曲を奏でました。

 最初の『潤一郎訳源氏物語』(旧訳)は、昭和十年秋から十三年にかけ、中央公論社から生活費のバックアップを受けて「源氏に起き、源氏に寝ねる」生活を送り、訳業に没頭して完成させました。戦局の激化により、皇室に関る部分は削除を余儀なくされ、完全な訳とはなりませんでしたが、国語学の権威・山田孝雄に校閲を依頼し完成。刊行されるやいなや、世間の大きな反響を呼び、ベストセラーとなりました。

 戦後は、完全な現代語訳を目指し二度目の訳(新訳)に挑み、『潤一郎新訳源氏物語』として二十六年から二十九年まで刊行されました。山田孝雄の校閲に加え、京都大学の研究者・玉上琢弥らに協力を依頼し、万全の体制を整えて臨みました。また、当代の日本画家十四名の手による挿絵の数々は、極上の源氏絵巻となり〈谷崎源氏〉を彩りました。

  三度目の『潤一郎新々訳源氏物語』は、若い世代にも愛読されるよう現代仮名遣いに改め、昭和三十九年から翌年にかけ刊行されました。旧訳から新々訳まで、様々なバリエーションの形態で書籍が刊行され、どれも爆発的な売れ行きを誇ったのです。時代の要請に応じて刊行されたのが、谷崎の「源氏物語」訳でした。

  三つの〈谷崎源氏〉が変奏する様相を、学術的な成立過程を辿りながら、絢爛な絵巻的世界へ誘います。

  本展は阪神南リレーミュージアム「阪神南ゆかりの作家をたずねて」の一環として行います。
 共催;兵庫県阪神南県民センター
 後援:読売新聞大阪本社 武庫川女子大学 大阪よみうり文化センター
 協力:中央公論新社 國學院大學図書館

■特別展開催時の記念館入場料は一般400円、65歳以上200円、高校・大学生300円、中学生以下無料となります。

 
2016年度 冬の通常展
「谷崎潤一郎 人と作品」~肉筆に見る文豪谷崎~
 会期 2016年12月17日(土)~ 3月20日(月・祝)
 パソコン・ワープロ全盛の昨今、「字を書く」というのがしっくりこない、機械が作る「作字」の時代のようで、 作家のみなさんの世界でも、墨と筆はもちろん原稿用紙に万年筆を滑らせるなどというのも、今や珍しい風景となってしまったのではないでしょうか。
 谷崎潤一郎も、もし今に生きていたなら、やはり「作字」の作家となっていたことでしょうが、幸か不幸か、彼は「肉筆」の時代の文豪でした。 作家谷崎のなりわいであり、人生そのものでもあった「文章を書く」ということが、とりもなおさず肉筆で文字を書くことであったわけで、結果、 私たちは今に遺された文豪の生の筆跡に接することができるのです。
 作家の肉筆を味わう。少し前までは当たり前だったこのことが、今や、たいへん貴重な体験となっています。
 特設展では、愛用の美麗な蒔絵硯箱や筆とともに、谷崎の遺した多種多様な肉筆をお見せします。
 文壇デビュー頃の希少な書簡に遺る若々しく流麗な筆づかい、晩年のラブレターでは高血圧症の麻痺した手のたどたどしいカナクギ流、 編集者が読み間違えないようにと原稿用紙に書き付けられた小学生のような楷書体、さらに、文人の教養と風流を映し出す短冊・色紙の筆の品格等々・・・。 その生の筆跡から滲み出る、文豪谷崎の年輪と人となりを感じ取っていただければと思います。  
2015年度
 
2015年 春の特別展 大谷崎展『文豪と五人の女神』
没後50年・文豪は時空を超えて
会期 2015年3月28日(土)~ 6月28日(日)

春の特別展ちらし
 大谷崎ともいわれた文豪谷崎潤一郎が世を去って、半世紀が経とうとしています。
 一九六五年から二〇一五年。高度成長の真っ只中から、「一億総中流」の時代を経てバブルの狂乱へ。そして、その宴の後の空しさを満たしたのは、格差社会と少子超高齢化の閉塞状況の現在でしかなかったようです。この五十年という時の流れは、短くはなく遅くもなく、曲がりくねり、今も軋みを立てて進んでいます。


小出楢重「蓼喰ふ虫」挿絵原画
 そんな世の中の転変のなか、死せる谷崎は多くの人々に今なお読み継がれ、その精神はたしかに生き抜いてきています。至上のものは、富でも力でも徳の高さでも賢明さでもなく、美しいものである。どんなに愚かしく見えようと、時に破滅の淵に沈みさえしても、人が生涯をかけて追い求めて然るべきものは、美と愛の快楽である。
 その人間存在への洞察は、一面で普遍の真理をつきつつもどこか今めいてはしないでしょうか。そしてそれは、現実の女性たちとの関わりを通じて形づくられてきたものに違いありません。

棟方志功「トレアドルパンツの渡辺千萬子」
 小林せい子、石川千代、古川丁未子、根津松子、渡辺千萬子。この女性たちは、谷崎の生涯を節目ごとに彩りました。「痴人の愛」「蓼喰ふ虫」「猫と庄造と二人のをんな」「春琴抄」「細雪」「瘋癲老人日記」・・・。彼女らがインスピレーションの泉となって次々に傑作が生み出され、谷崎文学の世界は比類なく豊かなものになっていきます。
 五人の女性は創造の女神であり、文豪の秘密を握っているのです。
 彼女たちだけが知っている、その隠された世界にご案内しましょう。

(主な展示品)
「春琴抄」漆塗り初版本、「盲目物語」自筆原稿貼り交ぜ屏風、松子愛用の琴、谷崎自筆書簡、棟方志功「瘋癲老人日記」挿絵原画等。
 
2015年 夏の通常展 谷崎潤一郎・人と作品 会期 2015年7月4日(土)~ 9月6日(日)

谷崎潤一郎墓石(京都法然院)
 1965年7月30日。「大谷崎(おおたにざき)」とも呼ばれた文豪、谷崎潤一郎が世を去った日です。享年79歳。当時としては大長命、天寿を全うしたのでした。
 その死から4年をさかのぼる夏、口述筆記で始められた「瘋癲老人日記」。死期にさしかかってなお性欲と食欲に執着し、死の恐怖さえ快楽を高める刺激としつつ死の後までも快楽を貪ろうと妄想すらする主人公の老人は、まさに谷崎そのもの。みずからを戯画化しつつ文豪畢生の傑作となったこの作品は、死を目前にしてなお満ち溢れる創作エネルギーのかたまりであり、その迫力は死をものり越えんとする欲望の力となって私たちを圧倒します。それは、谷崎の死生観の行き着いたかたちであり、間近に死を迎えようとしていたこの文豪らしい魂の救済への処方箋ともいえるでしょう。

「瘋癲老人日記」挿絵原画「仏足石」(棟方志功)
 高血圧、糖尿病、前立腺肥大・・・。さすがの谷崎も身体の不調をさまざまに抱えていましたが、「瘋癲老人」よろしく最晩年も大いに喰らい楽しみ、そして書き続けた。死の直前、7月24日の誕生日の宴で、家族や友人に囲まれて料亭からの出張料理のご馳走を健啖にたいらげ、死の直後の書斎の机には次回作へ向けた創作メモが残されていました。文豪のエネルギーは最後の最後まで老いと死に抗して光を放ち続けたのです。
 谷崎没後50年の節目の夏の特設展では、貴重な写真や現存資料の数々を通してその大往生に焦点をあてます。ぜひお立ち寄り下さい。
 
2015年 秋の特別展「大谷崎と挿絵の世界」~楢重・松篁・棟方など~ 会期 2015年9月12日(土)~ 12月6日(日)

谷崎潤一郎『鍵』(中央公論社 1956年)
 文学と美術――。ジャンルの異なる二つの芸術が融合し、美的世界を構築するのが、作品と挿絵の関係と言えます。挿絵には、作品の一場面を簡単にイメージさせるものや、ページの埋め草に添えられたものなど、さまざまな形があります。しかし、谷崎の名作の中には、画家とのコラボレーションによって完成されたものも少なくはありません。自身で装丁を手がけたり、作品に合った画家を選んで挿絵や装丁を依頼したりしていました。谷崎は、「自分の作品を単行本の形にして出した時に始めてほんたうの自分のもの、真に「創作」が出来上つたと云ふ気がする。」(「装幀漫談」)と述べているほどです。
 古典回帰を果たした記念の名作「蓼喰ふ虫」は、新聞連載時に小出楢重の挿絵に励まされて書き進めたことを明かしています。

小出楢重「蓼喰ふ虫」挿絵原画
 谷崎が生涯三度にわたって挑戦した源氏訳では、旧訳のポスターを鏑木清方が描き、新訳では、彼の門下であった伊東深水が手がけています。また、新訳の挿絵では、安田靫彦を筆頭に、著名な日本画家たちが一斉に手がけ、現代における最上の源氏絵巻となりました。さらに新々訳では、新訳の挿絵に彩色を施した「彩色挿画入豪華版」を刊行しており、新たに京都画壇の重鎮・上村松篁が加わっているのです。
 そして、「鍵」「瘋癲老人日記」などの晩年三部作は、棟方志功の力強い板画が作品世界を如実に表現しています。
 日本を代表する画家たちが谷崎文学の美的世界を彩り、作品の魅力を最大限に引き出したのです。没後五十年を迎えた記念すべき年、谷崎文学を挿絵の視点から捉えなおします。文豪と画家が生み出した芸術世界をご堪能下さい。

■特別展開催時の記念館入場料は一般400円、65歳以上200円、高校・大学生300円、中学生以下無料となります。
 
2015年度 冬の通常展「谷崎潤一郎・人と作品」特設展示「銀幕の文豪・谷崎潤一郎」 会期 2015年12月12日(土)~ 3月27日(日)

 

谷崎が女優としてデビューさせた
義妹せい子・大正9年(谷崎脚本映画
「アマチュア倶楽部」撮影現場でのスナップ)
 本格的な文壇デビューを果たした谷崎潤一郎が、その作家としての可能性をさまざまに模索していた大正時代。それはまた、日本映画界が盛り上がりをみせはじめた時期でもありました。谷崎はさっそく、この目新しい芸術表現にも強い関心を示します。

谷崎脚本映画「アマチュア倶楽部」撮影記念写真
大正9年(前列中央の白い服が谷崎)
 みずから脚本を書き、映画をモティーフにした作品も多く執筆しました。谷崎文学の美意識や創作手法には、映画が与えた影響もみられます。映画界との深いつながりからか、その名作の数々はたびたび映画化されてきました。華やかな女優たちとの交わりも谷崎らしく、創作への刺激ともなったでしょう。

谷崎脚本映画「雛祭の夜」スナップ
大正10年(右が谷崎、劇中劇で人形を操る)
 冬の特設展示では、谷崎原作映画のアルバムやスナップ、女優たちをはじめ映画人との交遊を物語る品々ほか、さまざまな資料を通して、谷崎潤一郎と映画との関わりを浮き彫りにしていきます。
 さて大文豪は、彼の愛した銀幕の中でどのようにクローズアップされるのでしょうか・・・。