芦屋の文化と歴史を文学の視点で綴る・谷崎潤一郎記念館へようこそ
 
平成22年 谷崎潤一郎記念館・佐藤春夫記念館 合同特別展示 「恋文 ~文豪はいかに愛をささやいたか~ 」 ― 平成22年4月24日(土)~11月28日(日)― ※ 8月30日(月)~ 9月3日(金)(一部展示入れ替えの為臨時休館)
 ‘恋 love letter 文 ’― 谷崎潤一郎とその親友・佐藤春夫、関わり深い二人の作家の恋文が、今回の特別展のテーマです。
 佐藤春夫は、谷崎の妻・千代と恋におちます。谷崎に疎まれ虐げられていた千代への同情が、愛へ熟していったのです。一度は、千代を譲ると佐藤に告げた谷崎でしたが、土壇場で言を翻します。これを機に、谷崎と佐藤は絶交。が、やがて二人は和解、結局、千代は佐藤の妻となるのです。
18歳の佐藤春夫 明治43年
18歳の佐藤春夫 明治43年
佐藤春夫の恋文 谷崎千代宛
佐藤春夫の恋文 谷崎千代宛
 今回展示する佐藤の恋文は、谷崎の翻意から絶交に至るまでの間、ひそかに逢っていた千代に手渡されたもの。原稿用紙20枚の裏まで言葉を埋め尽くし、数日にわたって溢れんばかりの想いを書き連ねています。文面はなまなましく時に
滅裂として、詩人の魂のたかぶりは、もはや心の均衡など意に介さないかのようです。その激情は、『殉情詩集』や「秋刀魚の歌」といった、佐藤畢生の詩編・絶唱へと結実していきます。 昭和3年頃の谷崎潤一郎
 一方、谷崎が遺した恋文は、いずれも、相手を崇拝し仕え支配されたいとうったえる、型にはまったものです。谷崎好みの愛のかたちを演出し虚構していく恋文――。その虚構こそが、作品へと昇華されていくのです。根津松子と「盲目物語」「春琴抄」、渡辺千萬子と「瘋癲老人日記」……。恋文を支配している情熱は、女性へのものであるとともに、あるいはそれ以上に、創作へと向けられているかのようです。


昭和3年頃の谷崎潤一郎
昭和3年頃の谷崎潤一郎
谷崎潤一郎の恋文 根津松子宛
谷崎潤一郎の恋文 根津松子宛
 展示では、個性豊かな二つの恋文群をはじめ、宛名となった女性たちのおもかげを偲ばせる愛用の品々や貴重な肖像写真、恋文にまつわる作品の初版本等々、多彩な資料で、二人の作家の愛の輪郭を浮き彫りにしていきます。
 文明開化の波が華やかにもざわめかしい東京のただ中に生まれ、倒錯的な愛と性にこだわり続けた文豪・谷崎潤一郎。空が山が海が、まばゆく青い南国・和歌山は新宮の自然の中で、感性を育んだ天性の叙情詩人・佐藤春夫。対照的な二つの個性が書きとどめた恋文は、作品世界と絡みあいつつコントラストを際立たせ、今、それぞれの愛がよみがえります。
第18回 伊藤整 『谷崎潤一郎の文学』(中央公論社 昭和45年7月)
 著者は、昭和に活躍した作家・批評家で、『火の鳥』『変容』などの作品で知られ、『日本文壇史』を残した人物である。
 本書は昭和33年に中央公論社から刊行された新書版『谷崎潤一郎全集』に施された、著者による全作解説を中心に、谷崎の生涯や芸術について論じた文章が付されている。
 「谷崎潤一郎の生涯と文学」では、谷崎の生い立ちから文壇デビュー、そして数々の名作と背景となった生活について解説。そして著者の自論である、谷崎文学の思想性について論じている。
 次に「「谷崎潤一郎全集」解説」では、年代や作品スタイルに沿って編まれた全集収録作品について、谷崎の生活や社会背景と関連付けて各巻ごとに解説し、再評価を行っている。第4巻では、大正期に発禁となった4作品が収録されており、当時の検閲が作品内容の一部ではなく、社会の道徳に動揺を与える「新しい観念」を禁圧していたのであり、この点に無思想と批判されてきた谷崎文学に思想性があった反証とする。また、第6巻所収の「小さな王国」では、経済的な拘束が人間の自主性を奪い、奴隷化する危険性を描いていると指摘する。
 明治・大正期の集大成とされる「痴人の愛」(15巻)は、性を中心として道徳や生活が崩壊する恐怖を描いたものと述べる。初期の「刺青」から「痴人の愛」に書かれたこの問題を、現代社会の構造にあてはめた作品が「卍」(17巻)である。ここで、セックスや美がいかに強く人間を支配し、生活を崩壊させる危険な働きを持つかを描き、人間存在の不安定性を強調していると論じた。
 著者が世界に類を見ない傑作と高く評価したのは「武州公秘話」(20巻)であった。自己の内部にある予測しがたいものから人間性の危機が生じ、他人へ働きかけて愛着や残忍性などを生むという、作者の思想が存分に描かれていると述べる。また、「鍵」(28巻)は過激な性描写ゆえに世俗的攻撃を受けたが、それは道徳の枠が壊されることの恐怖から生じたものであり、こうした批判が生じるのは、作品に批判的働きが存在しているからであると論じた。
 「谷崎潤一郎論」の項では、芸術と思想の問題を論じている。谷崎文学の無思想性について、佐藤春夫や谷崎精二など、谷崎と深い関わりを持つ人物から夙に指摘され、定説化してきた点を著者は批判する。そもそも近代の小説観として、作家の生き方を描き、如何に生きるべきかを指示するのが小説であるとする前提があり、こうした側面が描かれない谷崎文学は無思想であるという批判があった。しかし、谷崎のデビュー作を激賞した永井荷風の「谷崎氏の作品」を取り上げ、荷風の言う「肉体的恐怖から生ずる神秘幽玄」が、谷崎文学の特色を言い表していると高く評価する。谷崎という作家本来の思想とは、肉体の条件において倫理的であるのは可能か、ということであり、荷風の指摘する「肉体的恐怖」が谷崎の思想の根本形式であると論じた。
 著者による再評価は、谷崎作品の読解に新たな側面を提出し、以後の谷崎文学研究の基礎となった。現在、本書は出版しておらず、古書店(ネットも可)で入手するのみである。



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